虐待になる動物、ならぬ動物?
釣り餌のミミズは痛みを感じない | Excite エキサイト
ブッダの五戒の第一が不殺生を唱えるもので、「アヒンサー」と呼ばれるそうだ。
私は手塚治虫の『ブッダ』で読んだだけだが、仏陀が動物をむやみに殺してはならないと言った折り、弟子のアヒンサーが反論しようとした。小さな蟻は踏んでもかまわないのか、と。
そこでブッダはアヒンサーの言葉を胸に刻み、蟻でも同様だと言い直し、この戒めをアヒンサーと名付けた。

ノルウェーでは動物保護法の修正を目指す準備として、(昆虫、蜘蛛、軟体動物、甲殻類といった)無脊椎動物が感じる痛み、不快、ストレスの研究をファースタ教授等に要請した。
その結果、教授は多くの無脊椎動物は痛みを感じないと結論づけた。
例えば、釣り針に刺されるミミズのくねりは反射であり、ロブスターやカニは茹でられても痛みは無いという。社会性のあるミツバチなどは別扱いだそうだが。
痛みは大きな脳が無いと感じないから、というのが理由だそうだ。
本当にそうだろうか。科学的研究は尊重するが、どうやってそれを確かめたのだろう。大いに疑問である。まさか、動きだけで判断したのではないだろうが。

同様の議論で思い出されるのが、釣りの「キャッチ・アンド・リリース」だ。食べるために釣る場合は必要だから別とするが、楽しむために魚に針を飲み込ませ、針を口に突き刺し、取り除く。時には魚の口を傷つけてまで。
これを、「魚は痛くないから構わない」と主張する人がいる。私には想像力の欠如としか思えない。

人間同士を考えた場合、他者への共感能力は高い程、「頭が良い」と言われる。
逆に、他者への共感能力を極限まで低下させた人間は、時に犯罪者と呼ばれることになる。相手の痛みを分からず、意図も読めず、自分を邪魔する存在とすら見なしたりする結果だろう。
余談だが、人間は幼い時分に虫や小動物への残酷行為を経験していると知能が高くなるそうだ。私も毛虫を焼いたり、カタツムリの殻を剥いてみたりと数々の悪行をした覚えがある。
ところが都会の子どもはこうした経験が出来無いため、相手の痛みが分からずに育つ。
そのため、下手をすると、いきなり友達に大怪我を負わせるような事件を起こしがちだという説もある。

私は小動物を散々苛めてきた経験があるから言うが、ミミズだって痛いし、不快を逃れようと一生懸命逃げたりするのだ。脳の大きさだけで決めないでもらいたい。
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by kiyoaki.nemoto | 2005-02-08 13:34 | ニュース
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